蟇股とは?役割・歴史・種類・見方をわかりやすく解説

【この記事のポイント】
・蟇股の読み方・名前の由来・建物のどこにあるかがわかる
・蟇股の「支える」と「美しく魅せる」という二つの役割がある
・板蟇股と本蟇股の違いや、時代による形の変化がわかる
・動植物や中国故事など、蟇股彫刻の見方と楽しみ方がわかる
・京都で蟇股を見るならおすすめの北野天満宮と宇治上神社

目次

蟇股(蛙股)とは?

神社やお寺を訪れたら、ぜひ一度、建物を見上げてみてください。
梁や桁の間に、カエルが脚を広げたような不思議な形が見つかるかもしれません。
それが「蟇股(かえるまた)」です。

蟇股の構造
高山寺・石水院の蟇股

左右に伸びた(A)を脚、上部角(B)を肩、斗への巻き込み(C)を目玉、真ん中の彫刻(D)は、はらわたと呼び、カエルのボディそのものを表しているのです。

はらわたの装飾は、すべて手彫りで、一品一葉に作られ、同じものが二つとしてありません。まるで、はらわたがアート作品で、脚や肩や目玉の部分は、額縁のようでもあります。

蟇股は何のためにあるの?

蟇股は、建築を「支える」役割と、「美しく魅せる」役割の両方を担っています。

元来、梁や桁の間で、上からの荷重を支える機能をもった、電車の枕木のような構造材でした。とはいうものの、その輪郭曲線は装飾性も兼ねて、時代と共に変化発達してゆきます。

徐々に、装飾性に重きが置かれるようになっていきます。特に、はらわたの装飾の変化が、輪郭の変化と共に顕著ゆえに、建築の時代判定の大きな鍵となります。

また、近世以降の建築では、蟇股は、施主や工匠の祈りや思想、メッセージが込められてきた場所でもありますので、社寺建築を読み解くうえで、見逃せない鑑賞ポイントです。

高台寺唐門の蟇股
高台寺唐門

蟇股はどこにある?

蟇股は、神社建築にも寺院建築にもあります。路傍の小さな祠でさえも、丁寧にこしらえている逸品もあります。屋外にある場合もあれば、屋内にある場合も。

とはいっても、社寺建築なら、必ずあるわけでもありません。

いずれにせよ、蟇股があるのは上の方。目線より下の方にあることはまずないので、ちょっと遠目になりますので、鑑賞するには、双眼鏡があると便利です。

例えば、寺院の場合、入口には山門や南大門があります。真上や側面を見上げると、梁や桁などの横架材の間に蟇股があったりします。

唐門(からもん)があれば、要チェック!唐門とは、古建築に使われる最も高貴な門。ここには美しい蟇股が飾られていることが多いのです。

豊国神社唐門の蟇股
豊国神社の国宝唐門

また、本堂をはじめとする、各お堂の外部も内部も、梁や桁の間を見上げてみましょう。たくさん蟇股がいるかもしれません。

妻飾り(つまかざり)と呼ばれる部分にも目をやりましょう。ここは、建築装飾のスターたちが集う場所。蟇股もいるかもしれません。

神社の場合も、楼門や拝殿、本殿を見上げて、梁や桁の間を見てみましょう。真正面からだけではなく、周れるようなら、横からも、裏からも。意外と横や裏から豊かな装飾が鑑賞できることも少なくありません。

ある程度の規模の神社の場合、周辺に摂社(せっしゃ)や末社(まっしゃ)といって、小さな祠が並んでいたりします。規模は小さくても、個性豊かな蟇股が輝いていることも少なくありませんので、見逃さないでくださいね。

八坂神社美御前社の蟇股
八坂神社美御前社

蟇股の歴史

蟇股の原点は「束(つか)」といわれています。束は、梁や桁の間で荷重を支える短い縦材です。

飛鳥時代創建の法隆寺には、束にかかる荷重を分散させるように、下側が真っ二つに割れた「人」という字のような「人字形割束」が見られます。

ここから発展して生まれたのが蟇股だと言われています。時代でいうと、奈良時代後期です。この頃はまだ、板蟇股(いたかえるまた)しかありませんでした。

やがて平安時代後期になると、本蟇股(ほんかえるまた)とよばれる「はらわた」に装飾のある蟇股が登場します。

この頃になると、蟇股の役割は、「支える」よりも、「美しく魅せる」装飾的役割の方が優ってきます。

鎌倉時代になると、左右対称の透かし彫りの草花文様が描かれるようになります。室町時代には、はらわたの彫刻がさらに進化し、草花のみならず、鳥や樹木なども描かれるようになり、左右対称にしばられず、彩色も豊かになってきます。

さらに桃山時代になると、神獣、動物、人物など、はらわたのモチーフが多種多様に立体的になります。 江戸時代中期以降になると、はらわたの立体感はさらに増し、まるで飛び出す絵本のように、脚や目玉よりも前にせり出しているものも少なくありません。

北野天満宮

蟇股の種類

板蟇股

板蟇股とは、板状の蟇股のこと。はらわたの部分がくり抜かれていない蟇股のこと。構造材としての機能も発揮できます。

歴史的にみると、奈良時代までは全て板蟇股に属します。平安前期は文化財が残っていないので、わかりません。

本蟇股

本蟇股とは、はらわたをくり抜いた(透かした)蟇股のこと。ですから、刳抜(くりぬき)蟇股や透かし蟇股ともいいます。この最初の事例は平安後期からです。

構造材としての機能は弱く、装飾的役割がメインです。徐々に蟇股といえば、このはらわたを透かした方を指すことが多くなり、こちらを本蟇股と呼ぶようになったと考えられます。

蟇股にはどんな彫刻がある?

例えば、北野天満宮本殿の蟇股を例に見てみましょう。

正面手前には、菅原道真公のお使いである牛を中心に、獅子、虎、麒麟、などの動物が並びます。これらは、眷属(けんぞく)といって、神さまの従者です。

北野天満宮本殿の蟇股・立ち丑
北野天満宮本殿の蟇股・立ち丑

正面奥には、中国の故事にちなむ仙人たちの物語が描かれています。

例えば、これは黄安(こうあん)。前漢・武帝の時代(BC156~BC87)の仙人で、三千年に一度しか水面に顔を出さない亀を、5回も見たという長寿、永遠を象徴する仙人です。

北野天満宮本殿・黄安仙人の蟇股
北野天満宮本殿の蟇股・黄安仙人

移動する時は大きな亀の背中に乗ることから通称、「亀仙人」「亀乗り仙人」とも称されています。

その他、李鉄拐(りてつかい)、菊慈童(きくじどう)、蝦蟇仙人(がませんにん)などが一品一葉に一つずつ、蟇股に描かれているのです。

こういった、故事は理想の世界に浸らせ、普遍の真理から人生の大切なことを教えてくれています。

側面に周ると、桐に鳳凰(ほうおう)、松に鶴、牡丹に孔雀(くじゃく)、梅に鶯(うぐいす)・・・と、植物と開運の鳥とがペアで描かれています。

北野天満宮本殿・葦に鷺の蟇股
北野天満宮本殿の蟇股・葦に鷺

これらは「取り合わせ」といって、理想的な組み合わせや仲の良い間柄を示します。この取り合わせを知っていることが、むかしの日本では、ひとつのたしなみでもありました。

このような神社の蟇股は、まずは神さまへの捧げものです。そして、じっくりと眺めていると、むかしの人々にとって蟇股は、おとぎ話の絵本や鳥図鑑、動物図鑑のような役割を果たしていたのではないかと思えてきます。

お参りがてら蟇股を眺め、親から子へ、そして子から孫へと語り継いできた情景が浮かんでくるようです。

蟇股の見方・楽しみ方

初心者はここを見ると面白い

はらわたのモチーフが、左右対称かそうでないかで、時代の特徴が読み取れます。もし左右対称なら、それは鎌倉期の建築かもしれません。あるいは、明治から昭和初期にかけての復古主義時代の建築かもしれません。

色も塗られず地味であっても、それは本蟇股が流行りだした頃の超年代物かもしれません。700~800年の時を越え、守り伝えられてきた鎌倉時代の建築だとすると、すごくないですか?

明治から昭和初期のものは、和洋折衷のセンスが光るデザインが多いのも特徴的です。

何が彫られている?

彩色が剥落している場合や元々色がぬられていないものは、なかなか何が描かれているかわかりにくいのですが、よーく見ていると、描かれているものが、だんだんと見えてきます。ひとつ手がかりを掴むと、「取り合わせ」で描かれているものも多いため、そこから類推することもできます。

まずは、蟇股を見つけたら、はらわたを、よーく見て。左右対称か?鳥なのか?動物なのか?人物なのか?家紋が描かれている場合もあります。唐草文様や波が描かれていることも。

一品一葉ですから、ここにしかないものに出会えます。

職人はどんな思いで彫ったのだろう?

蟇股に描かれるものは、動植物など身近なモチーフも多いことから、思わず、可愛い!面白い!と声を上げてしまうものも少なくありません。きっと、この犬や兎を彫った昔の職人も、可愛いと思いながら彫ったに違いないと思うこともしばしば。

ですから、表情なんかもよーく見てください。おもわずニッコリしてしまうかもしれません。

日本には、「秘すれば花」という言葉があるように、すべてを語り切らない、表現し過ぎないことで、受け手が自由に想像することを重んじてきました。それは十人十色の世界観であっていいわけです。正解はないのです。その想像は日によって、変わっていいのです。

カタチの奥に見え隠れする、いにしえの職人の心や技をあなたなりに感じて、受け止めてください。それが、日本独特の美意識を、あなたのなかに育てることになります。

想像は創造の第一歩。過去から未来へ想像を広げましょう。

京都で蟇股を見るならおすすめの神社

蟇股は、有名な文化財だけにあるものではありません。道端のお地蔵さまを祀る小さな祠でも、心を動かされる蟇股に出会うことがあります。

京都には見応えのある蟇股が数多くありますが、あえて二社に絞るなら、北野天満宮と宇治上神社がおすすめです。

華やかな蟇股を楽しむなら北野天満宮

北野天満宮の本殿は、慶長12年(1607)、豊臣秀頼によって造営されました。桃山文化の華やかさが凝縮された、まさに「蟇股ランド」です。

本殿の正面には動物、奥には中国の故事を題材にした蟇股が並んでいます。

さらに側面や背面へ回ると、まるで鳥図鑑のように、鳥と植物を組み合わせた「取り合わせ」の蟇股が、ぐるりと本殿を彩っています。蟇股とともに、欄間彫刻の美しさも楽しんでみてください。

また、本殿だけでなく、周辺の摂社にも小ぶりながら味わい深い蟇股があります。境内を巡りながら「蟇股探し」をするのもおすすめです。

本蟇股の原点を見るなら宇治上神社

もう一つ、ぜひ見ていただきたいのが、世界文化遺産・宇治上神社の蟇股です。

宇治上神社の本殿は、現存する日本最古の神社建築とされます。ここにある蟇股は、本蟇股が生まれたごく初期の姿を今に伝える、大変貴重なものです。

宇治神神社本殿の蟇股
宇治神神社本殿の蟇股

本蟇股が現れ始めたのは、宇治上神社本殿が造られた平安時代後期頃といわれています。いわば、ここは「本蟇股誕生の聖地」です。

北野天満宮の華やかな蟇股と比べると、一見とても地味に映るかもしれません。しかし、たとえるなら希少なヴィンテージ品。本蟇股の原点だからこそ味わえる、素朴な美しさがあります。

蟇股に興味を持ち始めた方は、ぜひ一度訪ねてみてください。背景を知ってから見上げれば、その見え方はきっと変わるでしょう。

蟇股をはじめ、社寺建築の細部を読み解く視点を身につけたい方へ

知識として「知る」だけでなく、自分の目で「味わえる」楽しさを学んでみませんか。

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この記事を書いた人

文化浴の森 主宰|文化浴提唱者
澤野友映(さわの ともえ)

文化財修復の家に生まれ、自らも事業にかかわりながら、2006年より、のべ約1万人に文化財の物語を届けてきました。
その経験のなかで、文化財には人の心身を調える力があることを実感し、「文化浴」と名づけた営みを続けています。
それぞれの歩幅で人生が豊かになるように、文化浴の体験と学びを提供しています。

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