祇園祭・岩戸山の謎に迫る!天照大神はなぜ男神?!

【この記事のポイント】
・岩戸山に祀られる天照大神は、なぜ男神の姿なのか。
・天照大神の姿は、時代と信仰、政策によってどのように変化したのか。
・岩戸山の男神像が伝える、日本人の祈りと神仏習合の歴史
・岩戸山お囃子方とのトークショーで伺った話
・「国生み」「天岩戸」「八岐大蛇」、三つの日本神話を乗せた岩戸山の見どころ

目次

岩戸山の天照大神は男神?!

「天照大神は女神」
多くの人がそう思っていることでしょう。

ところが、祇園祭・岩戸山の天照大神は、冠をかぶり、直衣に袴をまとった美男子のお姿なのです。

なぜなのでしょうか?

岩戸山は、日本神話の「天岩戸」を題材とする曳山です。屋根の上には国生みの神・伊弉諾尊、山の中央には天照大神、その傍らには天岩戸を開いた手力男神の三体の御神体が祀られます。

教科書や文字に記された歴史だけをたどっていても、この謎は見えてきません。文化財には、文字には残されなかった時代の信仰や、人々の祈りがさり気なく残されているのです。

岩戸山の男神像からは、神と仏を分けずに受け入れてきた、日本独特の信仰の歴史が浮かび上がってきます。

天照大神の姿は時代とともに変化した

世界中には多くの太陽神がいますが、私たちはなぜ、日本の太陽神・天照大神の姿を女神として思い描くのでしょう。

それは、現存する最古の歴史書『古事記』『日本書紀』に、天照大神は女神として描かれているからです。しかし、それ以前に人々が太陽神をどのように捉えていたのかは、記録がないため、はっきりとはわかりません。「もともとは男神だった」という説もありますが、定説ではなく、さまざまな見方の一つです。

時代が下り、仏教が広まると、日本古来の神と仏を結びつける「神仏習合」の考え方が生まれました。日本では、神道や仏教だけでなく、儒教や道教、陰陽道、修験道など、さまざまな信仰や思想が幾重にも重なり合っていきました。

そんな文化の中で、天照大神も、宇宙を照らす仏・大日如来と同じ存在と考えられるようになります。

中世以降の絵画や彫像には、天照大神が男神や童子のような姿で表される例も見られるようになります。雨宝童子(うほうどうじ)や三十番神図(さんじゅうばんしんず)などに描かれる天照大神像は、現在私たちが思い浮かべる女神像とはまったく異なる姿です。天照大神の姿は、時代や信仰によって、柔軟に変化してきたのです。

しかし、明治時代になると、神仏分離をはじめとする宗教政策のもと、整理されていきました。それまで人々に親しまれてきた多彩な神々のなかには、由来や姿を改められたり、表舞台から消えていった存在もあります。

天照大神も、神仏習合から生まれた男神や童子の姿は次第に表舞台から退き、記紀に基づく女神像が広く定着していきました。

神さまの姿は、一つではない。歴史には、一つの答えだけでは語れない奥深さがあります。天照大神の姿の変化をたどると、それぞれの時代の人々が神に何を求め、どのように祈ってきたのかが見えてくるのです。

岩戸山に残された日本人の信仰

明治時代、多くの神々の姿や由来が整理されていくなかで、岩戸山の天照大神の男神像は失われることなく、今日まで守り伝えられてきました。

祇園祭の34基の山鉾には、仏教、儒教、道教、修験道、陰陽道など、さまざまな信仰や思想が折り重なっています。多様な信仰や文化をしなやかに受け入れ、一つの祭のなかで尊び、美しく共存させてきたのです。

岩戸山の男神像も、そうした日本人の信仰のあり方を今に伝える存在です。それは「天照大神は本当は男神だった」と証明するものではありません。時代によって、神さまをさまざまな姿で思い描き、祈りを託してきた文化があったことを、今に伝える文化財なのです。

教科書では語られない歴史が、祇園祭では今も尊ばれながら生きています。祇園祭山鉾は、華やかな祭礼の山であると同時に、日本人の多様でおおらかな信仰を乗せて巡行する、動く文化財でもあるのです。

岩戸山お囃子方とのトークショー

講座の後半では、北海館お花坊のスタッフであり、岩戸山お囃子方でもある丸井さんをお迎えし、トークショーを行いました。

祇園祭は、山鉾や懸装品を鑑賞するだけのお祭ではありません。鉾町に暮らす人々や祭を支える方々が、世代を超えて受け継いできた「生きた文化」でもあります。

丸井さんは、お兄さんのご縁をきっかけに、小学3年生頃からお囃子方を務めているそうです。お囃子方になるのは、皆さんもだいたいそのくらいの年頃からなのだとか。

お稽古は7月1日から7日までの7日間。「二階囃子」といい、一般には町会所の二階で行われます。岩戸山には町会所がないため、ご町内のワーキングスペースでお稽古をされているそうです。

祇園囃子は鉦(かね)、笛、太鼓で構成されます。最初に覚えるのは、基本となる鉦。五線譜とはまったく異なる、鉦独自の譜面も見せていただきました。

祇園囃子で使われる横笛は「能管(のうかん)」です。よく似た横笛には、雅楽で使われる龍笛(りゅうてき)や、庶民の間に広まった篠笛(しのぶえ)があります。能管は主に能楽で使われ、天を突き抜けるような甲高い音色が特徴です。能舞台では、登場人物の出入りや場面転換を印象づけ、神秘的な空気を生み出します。

祇園祭の山鉾が室町時代に能楽の要素を取り入れていった歴史とも、どこかでつながっているように感じました。

岩戸山には約30曲ものお囃子があり、巡行中には「渡り囃子」「上り囃子」「戻り囃子」と、場面に応じて演奏が変わるそうです。

外から眺めているだけではわからない、祭を支える日々の積み重ねや、岩戸山への愛情が伝わってきました。

文化財を深く味わうには、その「かたち」や歴史を知るだけでなく、今、それを支えている「人」に目を向けることが大切です。祇園祭の山鉾行事がユネスコ無形文化遺産に登録されていることからも、華やかな山鉾という「有形の文化」だけでなく、それを守り、動かし、次の世代へ伝える人々の「無形の営み」に、かけがえのない価値があることがわかります。

丸井さんのお話から、祇園祭は過去から受け継がれた文化財であると同時に、毎年、人の手と心によって新たな命を吹き込まれる「生きた文化」なのだと、改めて感じました。

岩戸山へ――学びを実物で味わう

講座とトークショーの後は、岩戸山へ移動しました。

文化財は、知識を得るだけでなく、実物を見てこそ味わいが深まります。講座で学んだ日本神話や神仏習合の歴史、丸井さんから伺ったお囃子方のお話。それらを胸に岩戸山を見上げ、実際に搭乗すると、岩戸山の見え方がぐっと深まりました。

岩戸山は「天岩戸」だけでなく、「国生み」と「八岐大蛇」という三つの日本神話を一つの山に乗せています。その物語は御神体だけでなく、真松や鳥居、軒裏の絵、妻飾りなど、山の至るところに表されています。

搭乗すると、地上からでは見えにくい軒裏や妻飾りの意匠を、間近に見ることができます。7月15日には、山の上から「カミあそび」を鑑賞するという、思いがけない特別な時間にも恵まれました。

知ってから見る。見ながら物語を重ねる。岩戸山が、三つの神話と人々の祈りを乗せた山として、より生き生きと見えてきました。

祇園祭前祭の岩戸山巡行の様子
祇園祭前祭の岩戸山巡行の様子

「鉾」のように見えますが、屋根の上に真松を立てる「曳山」です。松は神さまをお迎えする依代。岩戸山は、鉾型へ改造された最初の曳山とされています。

岩戸山の見送・日月龍百人唐子遊文図
岩戸山の見送・日月龍百人唐子遊文図

現在の見送は、昭和61年(1986)に復元新調された「日月龍百人唐子遊文図」。

岩戸山旧見送・皆川泰蔵作「ヴェネチア」
岩戸山旧見送・皆川泰蔵作「ヴェネチア」

旧見送は、染色家・皆川泰蔵が昭和54年(1979)に制作した、ろうけつ染めの「ヴェネチア」です。

岩戸山の明神鳥居の長鳴鳥と御神体の天照大神
岩戸山の明神鳥居の長鳴鳥と御神体の天照大神

天岩戸の前で鳴かせたという「長鳴鳥」がとまる明神鳥居。宵山中は三体の御神体がご町内の御簾の奥に祀られています。

岩戸山軒裏・金地四季草花図
岩戸山軒裏・金地四季草花図

軒裏「金地四季草花図」:近代京都を代表する日本画家・今尾景年が最晩年に手がけた、大正7年(1918)の力作です。

岩戸山屋根裏・金地着彩鶺鴒図と素戔嗚尊
岩戸山屋根裏・金地着彩鶺鴒図と素戔嗚尊

屋根裏「金地着彩鶺鴒図」:今尾景年の遺志を継ぎ、中嶋華鳳が昭和6年(1931)に完成。鶺鴒は、日本神話の「国生み」に関わる鳥です。前の妻飾りには素戔嗚尊、後ろには八岐大蛇。「八岐大蛇」の物語が、山の前後を飾っています。

2026年7月15日・16日の二日間、多くの皆さまと岩戸山の謎をひもとき、実物を味わう時間をご一緒しました。
講座終了後には、次回開催を楽しみにしてくださるお声もいただき、心より感謝申し上げます。

ご参加くださった皆さま、誠にありがとうございました!

語り手

文化浴の森 主宰|文化浴提唱者
澤野友映(さわの ともえ)

文化財修復の家に生まれ、自らも事業にかかわりながら、2006年より、のべ約1万人に文化財の物語を届けてきました。
その経験のなかで、文化財には人の心身を調える力があることを実感し、「文化浴」と名づけた営みを続けています。
それぞれの歩幅で人生が豊かになるように、文化浴の体験と学びを提供しています。プロフィールを見る→

開催のご案内

募集開催のご案内

開催日:2026年7月15日(水)・7月16日(木) 【終了しました】
時間:14:30〜17:00頃
集合:北海館お花坊(東本願寺前)
解散:地下鉄四条駅界隈
歩行距離:ほぼなし(移動はタクシー)
参加費:3,500円(回数券1回分)
実費:500円(岩戸山搭乗)+タクシー代割り勘
※回数券をご利用の場合は、1回あたり3,000円となります(回数券18,000円【6回分】1年間有効)

リクエスト開催のご案内

この物語は、祇園祭シーズンにご希望の日程でリクエスト開催ができます。祇園祭を深く味わいたい方、研修やご旅行などで、グループでのご案内をご希望される方のための物語です。

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この記事を書いた人

文化浴の森 主宰|文化浴提唱者
澤野友映(さわの ともえ)

文化財修復の家に生まれ、自らも事業にかかわりながら、2006年より、のべ約1万人に文化財の物語を届けてきました。
その経験のなかで、文化財には人の心身を調える力があることを実感し、「文化浴」と名づけた営みを続けています。
それぞれの歩幅で人生が豊かになるように、文化浴の体験と学びを提供しています。

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