菖蒲華(あやめはなさく)─凛として

【この記事のポイント】

・七十二候「菖蒲華」は“花菖蒲”を指すと考えられる。
・”菖蒲”は「勝武」や「尚武」に通じる縁起文様として、武士に親しまれてきた。
・アヤメの仲間は西洋では虹の女神。文様に込めた美と祈りは国と時代を越える。

目次

菖蒲華とは?

二十四節気をさらに3分割して、5日ごとの季節を感じさせるのが七十二候(しちじゅうにこう)。

6月26日~30日頃は「菖蒲華(あやめはなさく)」。

暦の上では、今ごろアヤメが咲く頃とされています。

アヤメ・カキツバタ・ハナショウブの違い

実はアヤメには種類が色々とあって、それぞれ花期が違ったり、漢字は一緒やけど呼び名は違ったり…まぁややこしいんです。

アヤメ(文目):文目とは模様のこと。花びらの根本に毛細血管のような網目模様がある。

【花期】
・アヤメ(文目)は5月上旬
・カキツバタ(杜若)は5月中下旬
・ハナショウブ(花菖蒲)は6月上中旬

現代では温暖化の影響か、いずれの花も見頃は終わっていますが、花期から考えて、おそらく昔、この時期(新暦6月26日)に咲いていたのは“花菖蒲”やと思われます。

ハナショウブ(花菖蒲):花びらの根本に黄色の線が入るが、網目模様はない。
カキツバタ(杜若):花びらの根本には白い線が入る

ご紹介したこの3種の花はいずれも、アヤメ科のアヤメ属。

ショウブ(菖蒲)は勝武

そんで、輪をかけてややこしいのが菖蒲(しょうぶ)。ショウブ科のショウブ属。

しょうぶ(菖蒲):ベビーコーンのような花穂(かすい)の花。

本来の菖蒲とは、こちらのこと。

邪気を祓うような爽やかな芳香を持つ薬草であり、そのまっすぐな葉の形が剣に似ていることから、男の子の縁起物として、端午の節句に菖蒲湯にしたり、軒(のき)に吊るしたり、枕の下に置いて寝たりしたんですね。

さらに、その名が「勝武(しょうぶ)」や「尚武(しょうぶ)」に通じる語感から、勝ち運を呼び込むとして、武士の兜や陣羽織に「菖蒲文」が使われました。

ですから、菖蒲文には、無病息災、武運長久などのご利益があると言われます。

菖蒲革文の型紙:武具、馬具の革につけられた菖蒲模様。戦勝祈願の意味がある。鈴鹿市郷土資料室

と祈りは国と時代を越える

せやけど、なんで菖蒲でもないのに、アヤメの一種に花菖蒲なんて名前がついたん?

ほんでまた、”菖蒲”と書いて、なんで”アヤメ”って呼ぶのん?

それは、ハナショウブの葉の形がショウブの葉の形に似ていたから…という説が一般的のようです。

たぶん、昔は今みたいにきっちり科学的に品種を意識してないやろうし、色々とややこしいくらい似ているから、書き言葉、話し言葉で、ふわっと混同して伝わってきたんやと思います。(ってことにしときます。)

東都名所堀切の花菖蒲 歌川広重/画 江戸東京博物館

美しい花を咲かせるアヤメやカキツバタ、ハナショウブは、平安時代の歌や江戸時代の浮世絵、工芸品に、たびたび登場します。

八橋蒔絵螺鈿硯箱(やつはしまきえらでんすずりばこ) 尾形光琳作 国宝

その凛としたたたずまいは、初夏の風流な美意識を象徴する存在でもあったんでしょうね。

そんなイメージにふさわしく、「杜若文」には技芸上達や金運上昇の意味があります。

そして西洋でも。

アヤメの仲間は「アイリス」と呼ばれ、それは虹の女神を意味します。確かに、スラっとした佇まいや色に、女神らしさがありますよね。

アイリス文様は、アール・ヌーヴォーの装飾文様としても、今も多くの人に愛されています。

どの時代も、どの国も──
美しいものを美しいと思う心、そして美を表現する心は、いずれ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)。

甲乙つけがたいほど、尊い。

さぁ、暑さに負けてしまわぬように…スッと背を伸ばして、心に一本、”凛”とした菖蒲を咲かせて参りましょう!

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この記事を書いた人

文化財修復業を営む家に生まれ、一般企業を経て、自らも文化財修復の世界へ。
15年間、数多くの修復に携わってきました。

2006年からは、文化財の魅力をもっと身近に伝えたいという思いで、文化講座をスタート。
これまでに受講された方は、のべ9,500人を超えています。

2016年、「足から健康!心に文化浴」をスローガンに掲げ、文化財を“見て歩く”ことで心と体が元気になる効果に着目し、それを「文化浴」と名付けて、一般社団法人文化浴の森を設立しました。

2018年からは、大人のための学び舎「文化浴大学」にて定期講座を開講。
そして2024年10月には、日本文化を“心から心へ”世界に伝える「文化財ストーリーテラー養成講座」をスタートしました。

文化財を語ることで、人生の後半に新たなキャリアと誇りを持てるように。
同時に、文化財そのものの価値も未来へとつなげていけるように。
そんな想いで、日々活動を続けています。

著書に『ウォーキング&文化を楽しむ京都健康さんぽ』(いろは出版)。

文化の宝と出会い、歩いて深呼吸するように、自分自身を発見する。
そんな時間を大切に、これからも“文化浴”を届けていきます。

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